オンライン教育・研修で学びを深めるファシリテーションの基本と実践
はじめに:オンライン教育・研修におけるファシリテーションの重要性
教育や研修において、講師は単に知識を伝えるだけでなく、受講者の学びを促進し、より深い理解や実践へと繋げる役割も担います。この「学びを促進する」活動は、ファシリテーションと呼ばれています。特にオンライン環境でのライブ配信(オンライン授業、ウェビナー)においては、対面とは異なる特性があるため、意図的なファシリテーションがより重要となります。
オンラインでは、受講者の反応が見えにくかったり、集中力の維持が難しかったりといった課題が生じやすいものです。このような環境で、受講者が積極的に参加し、互いに学び合い、深い学びを得るためには、講師が進行役として、質問しやすい雰囲気を作ったり、意見交換を促したり、議論を整理したりといった働きかけ(ファシリテーション)を行うことが不可欠です。
この記事では、オンライン教育・研修におけるファシリテーションの基本的な考え方から、具体的な実践方法、よくある課題への対処法までを分かりやすく解説いたします。
オンラインファシリテーションの基本的な考え方
オンラインでのファシリテーションは、対面でのそれとはいくつかの点で異なります。その違いを理解し、オンラインならではの特性を活かすことが重要です。
- 非言語情報の限界を補う工夫: 対面では、受講者の表情やしぐさから理解度や興味関心を読み取ることができますが、オンラインではカメラ映像や音声から得られる情報が限られます。そのため、チャット、投票機能、リアクションアイコンなど、意図的にフィードバックを得るためのツールを活用する必要があります。
- 明確なルールとプロセスの提示: オンラインでは、音声が重なったり、発言のタイミングが難しかったりすることがあります。スムーズな進行のために、発言方法(挙手機能を使う、チャットに書くなど)、質問のタイミング、ブレイクアウトルームでの役割分担など、明確なルールやプロセスを事前に共有し、必要に応じて提示することが大切です。
- ツールを「目的」のために使いこなす: 画面共有、チャット、投票、ホワイトボード、ブレイクアウトルームなど、さまざまなツールが利用できますが、これらのツールはあくまでファシリテーションの手段です。「なぜこのツールを使うのか」「それによって受講者にどうなってほしいのか」という目的意識を持つことが重要です。
- 「間」の活用: オンラインでは、質問を投げかけた後の沈黙が長く感じられたり、受講者が発言をためらったりすることがあります。少し長めの「間」を取り、受講者が思考したり、チャットに入力したりする時間を確保することも、オンラインファシリテーションの重要なテクニックの一つです。
オンライン教育・研修で学びを深める具体的なファシリテーション技法
ここでは、オンライン環境で実践できる具体的なファシリテーションの技法をご紹介します。
1. 開始時の「場づくり」とアイスブレイク
セッション開始直後は、参加者の緊張をほぐし、安心して参加できる雰囲気を作ることが重要です。 * チェックイン: 開始時に簡単な質問(例:「今日の気分を色で例えると?」「最近嬉しかったことは?」)を投げかけ、チャットで回答してもらったり、簡単な自己紹介をしてもらったりします。 * ツールの確認: チャットの使い方、ミュート・ミュート解除の方法、画面共有の仕方など、基本的なツール操作を簡単に案内し、試してもらう時間を作ります。これにより、参加者が安心して本編に臨めるようになります。
2. 問いかけと応答の促し方
一方的な講義にならないために、意図的に受講者への問いかけを増やし、応答を促します。 * オープンクエスチョン: 「なぜそう考えますか?」「具体的にどのような状況で活用できそうですか?」など、Yes/Noで答えられない問いを投げかけ、受講者の思考を引き出します。 * チャットの活用: 考えをすぐに言葉にするのが難しい場合でも、チャットなら気軽に回答できます。「〇〇について、チャットで皆さんの意見を教えてください」のように具体的に促します。 * 音声での応答を促す: 「どなたか、今のお話についてご意見やご質問はありますか?マイクをオンにしてお話しいただけます。」のように、発言のハードルを下げる声かけをします。沈黙が続いても焦らず、数秒待つことが大切です。
3. 参加を促すツールの活用
オンラインツールは、受講者の参加度を高める強力な味方です。 * 投票機能(Polling): 理解度確認や意見の集約に役立ちます。「今説明した〇〇について理解できましたか?(はい/いいえ)」「これから取り組みたい課題は次のうちどれですか?」のように活用します。結果をすぐに共有することで、受講者自身の立ち位置や他の参加者の状況を把握させることができます。 * ホワイトボード機能: 複数人で同時に書き込んだり、図を描いたりすることで、アイデア出しや共同での思考プロセスを可視化できます。ブレインストーミングや、複雑な概念の整理に有効です。 * ブレイクアウトルーム(Breakout Rooms): 少人数での議論や演習に最適です。テーマを明確にし、活動内容、時間、成果物(例:議論した内容を代表者が発表する、ホワイトボードにまとめるなど)を具体的に指示することが成功の鍵です。
4. 意見交換の整理と要約
チャットでの多様な意見や、ブレイクアウトルームでの議論内容を、講師が適切に整理・要約して全体に共有することで、学びを深めます。 * チャットの読み上げ・集約: チャットで活発に意見交換が行われている場合、重要な発言を読み上げたり、「〇〇さんからはAという意見、△△さんからはBというご質問が出ていますね」のように集約して、全体で共有します。 * グラフィックレコーディング: ホワイトボード機能や共有画面に、議論の流れや重要なキーワードを図やイラストで書き出しながら進めることで、視覚的に分かりやすく、参加者の理解を助けます。 * 要約とネクストステップの提示: 「これまでの議論をまとめると、〇〇という点が重要だと考えられます。次に、この点を踏まえて△△について考えてみましょう。」のように、区切りごとに内容を要約し、次の話題へとスムーズに繋げます。
5. 沈黙への対応
オンラインでは、問いかけに対する沈黙が起こりやすい傾向があります。 * 待つ勇気: 問いかけ後、数秒から数十秒待つ時間を設けます。受講者は考える時間や、入力する時間が必要です。 * 声かけのバリエーション: 「考えていただいているようですね、ありがとうございます」「難しければ、ヒントを出しますね」など、沈黙を気まずくさせない肯定的な声かけをします。 * チャットでの回答を促す: 音声での発言が難しい場合は、「チャットに気軽に書き込んでみてください」と促します。 * 補足情報の提供: 問いが難しすぎる場合は、ヒントや補足情報を提供します。
トラブル発生時のファシリテーション
オンラインでのライブ配信では、技術的なトラブルが発生する可能性があります。そのような状況でも、ファシリテーションのスキルが役立ちます。 * 冷静な状況把握と共有: 音声が途切れた、画面が見えないなど、トラブルが発生した場合は、慌てずに状況を把握し、「私の音声が途切れているようです。申し訳ありません。少々お待ちください。」のように、現在の状況と対処していることを受講者に伝えます。 * 代替手段の提示: 画面共有ができなくなった場合は、「申し訳ありません、画面共有が難しい状況です。代わりに、今からお話しする内容をチャットにキーワードで入力していきます」のように、代替手段を速やかに提示します。 * 受講者への配慮: トラブルにより受講者の集中が途切れたり、不安になったりすることがあります。「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。〇分ほどで復旧できる見込みです。その間に、先ほどの議論の内容を振り返っていただけますでしょうか。」のように、受講者の状況を考慮した声かけを行います。
まとめ:オンラインファシリテーションを成功させるために
オンライン教育・研修におけるファシリテーションは、受講者の学びを深め、セッションを成功させるための鍵となります。重要なのは、ツールを使うこと自体が目的ではなく、「いかにして受講者が主体的に考え、発言し、学び合えるか」という目的に対して、ツールや様々な技法を適切に活用することです。
初めてオンラインでファシリテーションを行う際は、うまくいかないこともあるかもしれません。しかし、試行錯誤を重ね、受講者の反応を見ながらアプローチを調整していくことで、徐々にオンラインでの「場づくり」や「学びの促進」に習熟していくことができます。
この記事でご紹介した基本的な考え方や技法が、皆様のオンライン教育・研修におけるファシリテーション実践の一助となれば幸いです。